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読んでくださる方へ

萄雅彦の作品は、これまでさまざまな場所へ渡り、現在どこにあるのか分からなくなっているものもあります。画集、展覧会資料、案内状、新聞記事、写真なども、それぞれの場所に残されている可能性があります。

あなたの身近にも、萄雅彦の画集や作品、あるいは作品に関係する資料が残っているかもしれません。もし心当たりがあれば、一度探してみていただけないでしょうか。

新しい作品や資料が見つかれば、それまで分からなかった制作の時期、展覧会、作品の所在、画家の歩みが少しずつ明らかになるかもしれません。このアーカイブは、現在分かっていることだけで閉じるのではなく、新たに判明した事実を確認しながら、これからも付け加えていく記録にしたいと考えています。

このアーカイブで大切にすること

  1. 萄雅彦の作品、画集、写真、展覧会資料、年譜、証言など、現在残っている資料を一つずつ記録し、蓄積していく。
  2. 確認できた事実と、慧真の記憶・直接証言、作品を見て生まれた観察・解釈を混同せず、区別して残す。
  3. 分からないことを無理に埋めない。「未確認」であること自体を記録し、新しい資料が見つかった時に追記する。
  4. 過去の記録を固定された完成品とは考えない。新たな事実が判明した場合は、根拠を確認したうえで年譜・作品記録・関連資料へ付け加える。
  5. 萄雅彦の作品の意味を一つに決めたり、作家の意図を代弁したりしない。一人の鑑賞者が作品の前で何を見て、何を考えたかという過程も記録として残す。
  6. 作品の販売を目的とするアーカイブにはしない。作品を知り、見て、考えるための記録を残すことを中心にする。
  7. 作品画像、画集、写真、文章などの権利を尊重し、公開の可否が確認できていないものは無理に公開しない。
  8. 最初からすべてを完成させることを前提にしない。No.1から一作ずつ積み重ね、その蓄積そのものをアーカイブとして育てていく。

萄雅彦について

萄雅彦は、絵画、版画、レリーフなど、さまざまな表現によって制作を続けた画家です。

作品には、人物や植物、動物、都市、自然など具体的なものが描かれる一方、時間、空間、宇宙、生命といった、目には直接見えないものを感じさせる作品も数多く残されています。

1985年には、講談社から『萄雅彦版画集』が刊行されました。

この画集には65作品が収録されており、現在、萄雅彦の版画作品とその歩みを知るための重要な基礎資料の一つとなっています。

萄雅彦 年譜

保存リハーサルの年譜を掲載しています。未確認事項・修正候補を含むため、原資料との照合を続けています。

1930年

東京赤坂に生まれる。

1940年

父親の関係から、当時の帝展・日展の主要な作家や美術評論家などが自宅を訪れる環境にあり、絵画や工芸に接する。

1945年

彫金から発展して彫刻を始め、のちにレリーフ制作へと進む。

1977年

新日本美術院展において入賞、特賞。

1981年

日仏現代美術展に入選。同作品がパリのグラン・パレに展示される。

1982年

セリグラフ《女人結界》を制作。

その後、短期間に多くのセリグラフ作品を制作する。

《女人結界》が国際アジア現代美術展版画部で受賞。

1984年

銀座松屋をはじめ、個展を開催。

オーストラリアで開催された美術展で最高賞を受賞。

講談社『萄雅彦版画集』掲載年譜には、作品がブリスベンの美術大学に収蔵されたことが記されている。

1985年

講談社より『萄雅彦版画集』刊行。

1986年

東京大学への作品収蔵、モントリオールでの日本芸術祭への参加などの記録が残されている。

カナダ首相ブライアン・マルルーニーから功労賞を受けたとする資料もあり、現在、資料の確認を進めている。

1987年

パリの国際サロンにおけるグランプリ受賞の記録がある。今後、一次資料による確認を行う。

1989年

カナダで個展を開催。

現存する展覧会資料には、

ケベック 9月4日・5日・6日
モントリオール 9月12日・13日・14日

の日程が記されている。

2010年

2月9日死去とする記録がある。

2026年

萄雅彦の作品、資料、証言、鑑賞記録を後世へ残すため、DOH ART ARCHIVEの構築を開始。

この年譜は、講談社『萄雅彦版画集』掲載年譜を基礎とし、その後に確認された資料や証言を加えています。

新しい資料が発見された場合には、その出典を確認したうえで追記します。

照合中の事項:出生地には、講談社画集を基礎とする記録「東京赤坂」と、後年の別資料による記録「東京都青山」の相違があります。出典を確認したうえで記録を更新します。

萄雅彦(Masahiko Doh)展覧会情報

モントリオール植物園・日本庭園
2026年6月1日〜11月1日

「Paintings and Serigraphs by Masahiko Doh」展覧会情報を見る

※リンク先を自動翻訳すると、作家名「Doh」が「道」と表示される場合があります。正しくは「萄雅彦」です。

この年譜では、「画集掲載」「外部資料で確認」「慧真の直接証言」「未確認」を区別します。同じ事項について資料間に相違がある場合は、一方を消さず、相違そのものを記録して確認を続けます。

新しい作品、画集、展覧会資料、写真、手紙、賞状、新聞記事、証言等が見つかった場合は、確認後にこの年譜へ追記します。

講談社『萄雅彦版画集』について

DOH ART ARCHIVEでは、1985年3月25日に講談社から刊行された『萄雅彦版画集』を重要な基礎資料の一つとして扱う。著者は萄雅彦、編集は株式会社第一出版センター。作品図版65点を収録し、作品目録、序文、宝木範義「萄雅彦の版画」、作品図版、年譜、萄雅彦自身の「あとがき」から構成される。年譜は137頁から始まる。

ただし、画集は1985年刊行時点の資料であるため、DOH ART ARCHIVEの年譜は画集掲載年譜だけで終わらせない。画集を基礎とし、その後に判明した履歴、現存資料、慧真の直接証言、外部資料を区別して加え、今後も新たな事実が確認されるたびに更新する。

画集のある風景

講談社『萄雅彦版画集』のある風景
講談社『萄雅彦版画集』のある風景。

慧真 eshinについて

DOH ART ARCHIVEの管理人、本アーカイブに掲載する鑑賞記録の著者。

長年、萄雅彦と生前に親交があり、作品をはじめ、芸術に対する思想や哲学について、深い会話の時間を重ねてきた。

萄雅彦作品を100作以上所蔵し、現在も作品の鑑賞を続けている。

本アーカイブの解釈は、作家の意図を断定するものではなく、そうした経験を背景に、一人の鑑賞者として記録したものである。


今週の作品と解釈

落葉帰根

講談社 萄雅彦
版画集
慧真の解釈集
2026年 鑑賞記録

慧真
2026年

講談社『萄雅彦 版画集』全65作品を通読し、
一作ずつ作品を見ながら考えた、
慧真の鑑賞記録。

2026年10月16日更新 — No.16〜18

No.16《色彩のプロムナード》

1984 年、49.5×72.5cm。

黒い背景を、多層の青、紫、緑、赤などの帯が横切り、方向を変え、交差しながら進んでいる。最初は題名の通り、色彩が画面の中を散策しているようにも見える。

しかし私は、背景の黒が気になった。もし、この黒を全部白へ置き換えたら、この作品はどう見えるのだろう。黒には補色がない。ここでは白を比較する色として考えてみる。背景を白へ置き換えると、近代的なカフェの壁に使われるテキスタイルのようにも見えてくる。さらに、直線や幾何学的な形の色をそれぞれ補色へ置き換えてみると、近未来的な色彩のテキスタイルまで思い浮かぶ。

一方で、日本美術の余白も思い出す。甲冑や刀、建築の装飾、彫金。色を置き換えながら見ているうちに、私の中では、それらの記憶にもつながっていく。

私たちは、常識やルール、固定観念を通して作品を見ているのではないか。見慣れた色や背景を反転してみることで、その見方から少し離れられるのかもしれない。自由の源はどこにあるのだろう。そして、自分の個性をどのように認識しているのだろう。

黒と白。私は最初、

黒には何かが存在し、白には何もないというような単純な対比を考えそうになる。しかし、本当にそうだろうか。

黒は暗くて見えない。だから未知への不安を感じる。一方、白は明るく、まだ何も描かれていない可能性のようで、未知への希望を感じる。しかし、よく考えると、黒も白も「まだ私には認識できていない」という点では同じなのではないか。黒には何かがあるが見えない。白にも、何もないのではなく、私がまだ見ることのできないものが存在しているかもしれない。そう考えた瞬間、正反対だと思っていた黒と白が、根底では近づいてくる。

ここで「反転」という考えが強くなった。黒を白へ反転する。見る側と見られる側を反転する。時間の向きさえ反転する。

古代から現在を見たらどう見えるのだろう。未来から現在を振り返ったら、私たちが今「正しい」と思っているものは、どのように見えるのだろう。

題名のプロムナードへ戻る。散策とは、一点に立ち止まって世界を断定することではない。歩けば位置が変わる。位置が変われば光が変わる。光が変われば色も変わる。同じものでも、見る方向を変えれば別の姿になる。

そう考えると、この作品は単なる色彩の散策ではなく、私自身の認識の散策なのではないかと思えてくる。

黒は不安、白は希望。その感覚は残っている。しかし、どちらにも「まだ見えていないもの」がある。ここで生まれたこの考えは、後の作品で白い空間や黒い空間を見る時にも、何度も私の中へ戻ってくることになる。

No.17《静物(サクランボ)》

1982 年、49.5×72.5cm。

最初は半抽象化された静物画として見る。暗い赤紫色の空間に花瓶、生花、三個のサクランボ、板のような構造がある。静物なのだから、そこに置かれた物を見ればよい。最初はそう思っていた。

しかし、観察のために光を当てた時、それまでほとんど認識できなかった極細の線が浮かび上がった。髪の毛よりさらに細いのではないかと思えるほどの線である。

何だろう。

私はその線を、とりあえず「光様」として追ってみる。右側から直進してきた線が板に当たると、不規則に屈折する。花に触れると柔らかな波のように変化する。円筒状の花瓶では表面を滑るように湾曲し、その後また直線へ戻っていく。

同じものと思われる線が、出会う物質によって姿を変えている。もし光なのだとしたら、画伯は物そのものより、物と光が出会った時に起きる変化を描いているのだろうか。

ところが、板に衝突しない上方の二本は直進しながら左側付近で見えなくなる。消えたのだろうか。いや、見えなくなっただけなのかもしれない。僅かな痕跡から、その先を私が想像するしかない。

ここでまた、「見えないこと」と「存在しないこと」は同じなのか、という問いが出てくる。

さらに画面外から弱く差し込むような線もある。宇宙から届く光なのか。素粒子的な何かなのか。次元を越えて現れたものなのか。そこまで考えると飛躍し過ぎるかもしれない。だから、ここは答えにせず問いとして残しておく。

そしてサクランボへ戻る。自然のサクランボは丸く、一つ一つ形も違う。それなのに、この作品では立方体のような人工的な形へ押し込められている。右側の二個は転んでいるようなのに、どこか「行儀よく」安定している。

なぜ自然の果実を、人間の作った幾何学的な秩序へ従わせたのだろう。私はそこに「人のルールに従わせた自然界」を感じる。

しかし、サクランボには種がある。果肉は食べられ、失われても、種には次の生命へつながる可能性が残る。人間が形を整え、分類し、秩序の中へ押し込めても、生命の内側には次へ続こうとするものがある。私はその種に、希望を感じる。

題名が単なる《静物》ではなく、《静物(サクランボ)》であることも気になる。静止している物を描いたはずなのに、光は動き、見えない先へ続き、果実の中には次の生命につながる種がある。見た目には静かな静物画の中に、時間と生命が潜んでいる。

最初は置かれた物を見ていた。しかし極細線を発見したことで、物と光の関係へ進み、見えないものを考え、最後にはサクランボの種から未来の生命まで考えていた。

日常的な静物の中に、これほど多くの「見えないもの」が潜んでいることに驚く。

No.18《亜由美》

1982 年、38×56.5cm。私の所蔵作品である。

題名については、画伯が「時空の流れ」を「歩み」と説明し、「あゆみ」に《亜由美》という漢字を当てたという記憶である。だから、女性の名前として題名から作品へ入ることには慎重でありたい。

抑制されたグレーの空間に、紙のように薄い平面が幾重にも置かれている。一枚だけ白に近い面がある。上部にはレインボーラインが走っている。

最初に私は、平面が起き上がっていくように見た。一枚一枚は二次元の面である。それが少しずつ立ち上がることで、突然、奥行きが生まれる。二次元が三次元の空間を獲得しようとしている瞬間なのではないか。

そう思ったところで、反対方向が気になった。

本当に起き上がっているのだろうか。すでに起きていた面が、重力に従って倒れ、再び平面へ戻っている途中なのではないか。

起き上がるのか。倒れるのか。

平面から空間が生まれるのか。空間が失われて平面へ戻るのか。作品は方向を決めてくれない。

一枚だけ白に近い面を「現在」と仮定してみる。その前後にある面は過去と未来に見える。しかし、どちら側が過去で、どちら側が未来なのだろう。視線を反転すれば、時間の方向も簡単に反転してしまう。

上部のレインボーラインも、時間の方向を示す矢印だと決めてよいのだろうか。他の作品では色彩の変化が逆方向の読みを生むこともある。むしろ方向を教えるのではなく、「本当にその方向でよいのか」と疑わせるためにあるのかもしれない。

題名の「歩み」を時間の進行と考えるなら、歩みとは必ず前へ進むことだけではないのかもしれない。生成と消滅。起立と倒伏。二次元と三次元。過去と未来。それらが見る位置によって入れ替わる。

私は最初、起き上がる運動を見た。しかし、その読みを自分で反転させた時、作品の時間が一方向ではなくなった。この「どちらにも見える」という迷いを、結論によって消さずに残しておきたい。

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過去の公開作品

2026年10月9日更新 — No.13〜15

No.13《炎》

誰が観ても、タイトルを観て納得する作品に見えるのだが、画伯の狙いはそこなのだろうか。

画面から、タイトルの炎に辿り着く人はいるのだろうが、僕にはまだ見えて来ない。脳裏に浮かんでくるのは、微笑んでいるが、厳しく鋭い眼光を放つ画伯と、熱い空間だけだ。

もう少し、鑑賞を継続する。

背景は深い黒色で、暗黒の宇宙という、知る事のできない空間を表し、大前提を示しているようだ。二つの惑星の重なりを見せているような同心円は、わずかな陰影を描き、この空間の瞬間を示しているのだろうか。

激しいタッチで画面を占める、赤い不規則な真紅のドローイングは、酸素の存在による地球の炎と混同させてしまいそうになる。あるいは、それ以上に激しい太陽のフレアのようなプラズマ現象や、核融合反応を意識させる。

人の認識出来る事が、手の届かない空間では、全く違う原理によって生み出されている一つの例を示しているのか。

炎というタイトルを与えて、デザインとしても斬新な画面に、己が何者かと、厳しい独眼の光をはなっている。

No.14《時代差》

画面は左右で異なる様相を見せている。左右には同じデザインがある。しかし、それが何を示しているのか、私にはまだ見えてこない。

その上部と下部から、左から右へ細かな振動をするレインボーラインが伸び、左右のデザインをつないでいる。画面全体を左右に貫いているのではなく、このデザインされた形態の時間の移行を示しているように見える。

背景は左の濃いグレーから、グラデーションによって明るい白へ変化する。右側はグリーンを基調とし、光のプリズムを思わせる色彩が使われている。現在の一瞬に人間が認識できるものを、さらに高い次元、あるいは異次元から捉えようとしているのだろうか。

左上には始祖鳥を思わせる生物がいる。そこから生物の進化を連想する。その生物にも、右側へつながるグリーンが使われている。左から右へ時間が進むとすれば、生命が長い時間の中で姿を変えてきたことを示しているのだろうか。

しかし、左右にある同じ形態が何なのか、まだ分からない。この形を具象化できれば、作品の深部へもっと入れるような気がする。けれども、無理に「これは何だ」と決めてしまえば、私の既成概念を押しつけることにもなる。

そこで、形そのものから少し離れ、《時代差》という題名へ戻ってみる。

同じ存在でも、時代が違えば人間に認識できることは違う。古代には見えなかったものが現在には見える。現在の科学では見えないものが、未来には当たり前のように認識されるかもしれない。

さらに、視点を反転してみる。古代から現在を見たら、私たちの世界はどう見えるのだろう。未来から現在を振り返ったら、今の科学や常識は、どれほど不完全に見えるのだろう。

そう考えると、《時代差》は単なる年代の差ではなく、人間の認識そのものの差に思えてくる。

過ぎ去った時間は、すべて消えてしまったのだろうか。

生物の姿、地層、化石、道具、建築、言葉、思想。そして、今の私たちにはまだ意味を理解できない何か。過去は、さまざまな痕跡を現在へ残している。それらは、過去から届いたメッセージとも考えられる。

しかし、メッセージが残っていることと、私たちがそれを受け取れることは同じではない。目の前にあっても、それを読み取る認識力がなければ、意味は見えてこない。分からないことと、そこに何も存在しないことは同じではない。

左右の形態が何なのかは、今も分からない。その形を分からないまま残し、鑑賞を続けたい。

しかし、時代は確実に足跡を残している。そのメッセージを受け取る認識力さえあれば。

No.15《赤のイメージ》

1984年、38×56.5cm。私の所蔵作品である。

題名は《赤のイメージ》。だから、まず赤を見る。青空と黒地を背景に、赤い長方形の群れが強い方向性を持って配置されている。形は直線的で人工的なのに、画面の中では静止しているように感じない。

赤が空間を押している。切っている。移動している。そんな力を感じる。

しかし、私は「これは何を描いた赤なのか」と考え始めてしまう。建物なのか。何かの物体なのか。けれども題名は《赤い○○》ではなく、《赤のイメージ》である。もしかすると、具体的な何かへ戻そうとすること自体が違うのではないか。

青、黒、緑との関係の中で、赤は物体の色というより、感情やエネルギーそのものへ近づいていく。赤を見ると、人間の身体や心に何かが起こる。温かさ、危険、情熱、血、興奮。けれども、そのどれか一つに固定することもできない。

上部の緑の飛翔するような形も気になる。赤と対立しているのか。赤から離れていくのか。あるいは赤の力によって生まれた別の運動なのか。

私は最初、「赤い何か」を探していた。しかし見続けるうちに、作品の中の赤より、赤を見た自分の内部に何が起こっているのかへ意識が移った。色彩が形を持ち、その形が再び感覚へ戻ってくる。

《赤のイメージ》とは、画伯の赤のイメージなのか。それとも作品を見た私の中に生まれる赤のイメージなのか。その境界も、まだ決められない。

黒色の上に、色彩によって空間が広がっている。しかし、何の上に広がる空間なのだろう。大地なのか、宇宙なのか、それとも私にはまだ認識することのできない空間なのだろうか。

認識することのできない空間の上に、赤、青、緑という色彩によって、われわれが何とかイメージすることのできる空間が立ち上がっているように感じる。そこには足元が崩れていくような不安感がある。

しかし色彩は消えない。赤は力を持って前へ進み、青は空間を広げ、緑は飛翔するように動く。その色彩の存在そのものが、未知の中にいる人間へ「それでも前へ進め」とエールを送っているように感じる。

2026年10月2日更新 — No.10〜12

No.10《Geometric Insist》

1984年、38×56.5cm。私の所蔵作品であり、作品の一部は講談社『萄雅彦版画集』の表紙にも使われている。

最初の印象は、難解さではない。家庭のインテリアとして置いても自然に馴染みそうな、親しみやすいテキスタイルデザインに見える。直線、円、三角形、四角形、グラデーションが無理なく共存し、まず美しさとして目に入ってくる。

しかし、そこで終わらない。よく見ると、画伯は直線や真円を使っている。人間は直線を知っている。真円を理解する。三角形や四角形も認識できる。けれども自然界を見渡した時、数学で定義するような完全な直線や完全な真円が、そのまま物として転がっているだろうか。

ここで私は、見慣れた幾何学形態が急に不思議なものに思えてきた。人間は自然界を理解するために、線を引き、円を定義し、三角や四角で空間を整理する。では、それらは自然そのものなのか。それとも、人間が世界を認識するために作った枠組みなのか。

題名の Insist――何かが強く主張している。幾何学が自らの存在を主張しているのだろうか。それとも、幾何学を通して、その背後にある秩序がこちらへ迫っているのだろうか。

私は最初、誰にでも受け入れやすい装飾的な作品として見た。しかし見続けるうちに、その親しみやすさが入口なのではないかと思い始めた。目に見える直線や円から入り、その奥にある、人間には直接認識できなくても存在しているかもしれない絶対的な秩序や摂理へ導こうとしているのではないか。

難しい思想を難しい顔で見せない。まず美しいと思わせ、近づかせ、その後で「なぜ、この形を知っているのか」「自然界の秩序とは何なのか」と問いを残す。その入りやすさも画伯らしい。

後から振り返れば一つの流れに見える。しかし、その流れを最初から知っていたわけではない。一作ごとに「なぜだろう」と立ち止まり、見直すことで次の問いが生まれた。その順序を消さないことが、この貫徹資料では大切なのだと思う。

No.11《イメージⅠ》

1982年、72.5×49.5cm。

最初に受ける印象は、とても爽やかである。青いグラデーションの空間に大小の球体、白い水滴のような形、中央の濃い水色、逆さの三角錐を思わせる形態、そして上部には縮れたレインボーラインがある。居間に飾っても違和感がなく、上質なテキスタイルデザインとして眺めても美しい。

しかし、見続けると中央の濃い水色が気になってくる。周囲の白い形は水滴のように見えるのに、普通の水滴のように重力に従って下へ落ちていない。むしろ中央から何らかの力を受け、外側へ飛び出しているように見える。

なぜだろう。

そこで上部の縮れたレインボーラインへ視線が移る。その線に刺激されるように画面全体を見直した時、私はミルククラウンを思い浮かべた。液体へ一滴が落ちた瞬間、中心から外側へ力が伝わり、周囲が王冠のように立ち上がる、あの一瞬である。

そう考えると、中央から外へ広がる白い形にも説明がつくような気がする。しかし、すぐにまた引っかかる。もし単に三次元で起きるミルククラウンを二次元の画面へ写しただけなら、この上下や奥行きの不思議さは何なのだろう。球体の大きさも揃っていない。逆さの三角錐のような形まである。

ここで私は、見る位置そのものを変えてみたくなった。三次元で起きている現象を、もしさらに一つ高い次元から見ることができたら、どのように見えるのだろう。

もちろん、私は高次元から物を見ることなどできない。だから、これは憶測でしかない。しかし「三次元の現象を、さらに高い次元から眺め、それを二次元へ投影した」と仮定すると、重力の方向が普通の感覚と一致しないことも、中心から外へ力が広がることも、大小の球体も、一つの空間の中でつながって見えてくる。

最初は爽やかなデザインとして見ていた。次にミルククラウンを見つけた。そして最後には、その見慣れた自然現象を、私はどこから見ているのかという問題へ進んだ。

重要なのは「これはミルククラウンだ」と決めることではない。見慣れたものも、見る位置が変われば、まったく違う姿になるのではないか。その可能性に気付いたことを残したい。

No.12《ピエロ》

1982年、72.5×49.5cm。完全抽象の作品である。

題名は《ピエロ》。だから私は、どうしても画面の中にピエロを探そうとする。顔はどこだろう。帽子は。衣装は。身体は。しかし、見れば見るほど、現実の世界で私たちが「ピエロ」と認識するための具体的な形は存在していない。

ここを曖昧にしてはいけないと思う。具象のピエロと抽象が混ざっているのではない。画伯は、ピエロという現実の姿を完全に分解し、色彩と形態へ置き換えている。

では、なぜそこまでしなければならなかったのだろう。

単に人物を抽象化し、形や色の面白さを見せたかったのだろうか。そう考えて見続けていると、むしろ逆なのではないかと思えてきた。目に見えるピエロの姿そのものが、画伯にとって邪魔だったのではないか。

現実のピエロを描けば、私は化粧を見る。衣装を見る。戯けた表情を見る。そして「人を笑わせる道化」という既成のイメージで理解したつもりになってしまう。だから画伯は、その外形を一度壊したのではないか。

身体を分解し、色彩へ置き換え、具体的な姿を消す。そうすることで、見えているピエロではなく、見えていないピエロの内側へ視線を向けようとしたのではないだろうか。

ここで私には、ピエロが単なる道化ではなく、一人の職人として見えてきた。人前に立ち、笑わせ、身体を動かし、同じ演技を何度も繰り返しながら技を磨いていく人間である。観客が見るのは舞台上の数分かもしれない。しかし、その数分の背後には長い時間がある。

失敗した日もあっただろう。思うように身体が動かなかった時もあっただろう。観客の反応を得られず落胆した日もあるかもしれない。稽古を繰り返し、成功と失敗を積み重ね、そのすべての時間の上に現在の一瞬がある。

そう考え始めると、背景が単なる抽象的な色面ではなくなってくる。舞台。稽古場。成功。失敗。喜び。落胆。人間の過去は一本の映画のように完全な映像として残るわけではない。断片として残る。色として残る。感覚として残る。鮮明なものもあれば、曖昧になるものもある。その無数の蓄積が、現在のピエロを作っているのではないか。

そして、二つの球体が気になった。なぜ二つなのだろう。この二つには、どこか特別な輝きがあるように感じる。

私はそれを、ピエロ自身が自覚できる輝かしい過去の記憶ではないか、と考えてみた。「あの舞台ではうまくできた」「あの時、観客と一つになれた」「自分はここまで技を磨いてきた」。他人から与えられた勲章ではなく、自分の人生の中で獲得した勲章のようなもの。

もしそうなら、その過去は後ろへ消えていくだけではない。過去の成功が現在の自分を支え、「もう一度やれる」「さらに先へ進める」という未来への力になる。過去が現在へ入り込み、現在を作り、さらに未来へ向かう力へ変わる。

しかし、ここでも私は確定できない。二つの球体が本当に勲章なのかは分からない。背景が本当にピエロの過去なのかも分からない。画伯がそこまで意図したのかは、なおさら分からない。

それでも、最初は「ピエロがどこにもいない」と戸惑っていた完全抽象の画面が、見続けるうちに、むしろ具体的なピエロを描いた作品以上に一人のピエロの人生を感じさせるようになった。姿はない。けれども、その人が生きてきた時間がある。私は今、その時間を《ピエロ》として見ている。

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2026年9月24日更新 — No.7〜9

No.7《ムーンライト・セレナーデ》

1984 年 38×56.5cm

題名は《ムーンライト・セレナーデ》。

この題名を読むと、私はまず月光と音楽を思う。

月光。

セレナーデ。

どちらも手でつかむことのできる形を持っていない。音楽は耳で聞くことはできても、目で見ることはできない。月光も確かに見えているように感じるが、それ自体を物体として取り出すことはできない。

では、画伯は形のないものを、どのように一枚の画面へ置いたのだろう。

画面を見る。

まずブルーが広がっている。

しかし、このブルーは一様ではない。

明るいブルーの中に、雲のようにも見える濃いブルーが施されている。

最初、私はこれを夜空と雲として受け取ろうとした。

けれども、そこで少し迷う。

本当に、この濃いブルーが雲なのだろうか。

なぜなら、画面には別に、月を囲むように優雅に流れる白い曲線的な形態が存在しているからである。

私には、むしろこちらが雲に見える。

白い雲は、月の周囲で静止していない。

柔らかく流れている。

曲がり、伸び、月を包み、次の瞬間には別の形へ変化してしまいそうである。

私は、この白い曲線を目で追う。

すると、静止している一枚の画面の中に動きが生まれる。

月はそこにある。

しかし、雲は流れている。

雲が動けば、月との位置関係も変わる。月光の見え方も変わる。

つまり、この白い曲線的な雲は、単に雲の形を示しているのではなく、雲が移動し、形を変えていく時間まで画面へ持ち込んでいるように感じる。

ここで、もう一度背景の濃いブルーへ視線が戻る。

では、これは何なのだろう。

遠くにある別の雲なのか。

白い雲を手前に、濃いブルーを遠方の雲として、色彩の濃淡によって空間の奥行きを作っているのだろうか。

それとも、雲ではないのか。

No.6《宙》で私は、白と黒の積み重なりから、われわれの目では見ることのできない時空や、幾重にも存在する空間を考えた。

その記憶を持ってこの濃いブルーを見ると、単なる夜空の色とも、遠い雲とも決め切れなくなる。

人間には認識することのできない、さらに奥の空間。

画伯は、それを具体的な物体として描くのではなく、濃いブルーという色彩の層によって存在させているのだろうか。

分からない。

遠い雲かもしれない。

人間の認識の外側にある空間かもしれない。

あるいは、私がまだ気づいていない別のものなのかもしれない。

しかし、この分からなさを消したくない。

画面を見続ける。

白と黒の流動する線がある。

その線もまた、固定された形を作っていない。

流れ、曲がり、重なりながら、どこかへ続いていく。

私はその線を追っているうちに、音楽の余韻を思った。

音が鳴る。

そして消える。

しかし、音そのものが消えた後にも、耳や心の中には響きが残る。

次の音が生まれ、その前の音の余韻と重なる。

そうして音楽は、時間の中で流れを作る。

もし音を目で見ることができたなら、この白と黒の流動線のように見えるのだろうか。

もちろん、私には分からない。

しかし、線の曲がりと重なりを目で追う時間が、そのまま音楽を聴く時間と重なってくる。

白い雲の曲線が画面に時間を生み、白黒の流動線もまた、音の余韻として時間をつないでいく。

ここで題名の「セレナーデ」が、単なる作品名ではなく、画面の中で少しずつ働き始める。

ところが、その流れる世界の中に、緑色の立体的な形態が置かれている。

なぜ、この形がここにあるのだろう。

私はここで立ち止まる。

白い雲も、白黒の線も、どちらもしなやかに流れている。

それに対して、緑の立体形は硬い。

幾何学的である。

人間が直線によって作った人工的な秩序のようにも感じる。

もし、この緑の立体形がなければ、私はそのまま月光と音楽の幻想的な世界へ入っていったかもしれない。

しかし、この硬質な形があることで、私は突然、現実の空間へ引き戻される。

なぜ画伯は、流れる曲線の世界の中へ、この幾何学的な立体を置いたのだろう。

有機的な曲線と人工的な直線。

自然界の流れと、人間が作った秩序。

一見すれば、相反するもののように見える。

けれども、画面の中では不思議に喧嘩をしていない。

むしろ、流れる曲線があるから緑の立体形の硬さが際立ち、緑の立体形があるから曲線の柔らかさと動きが強く感じられる。

互いが互いを補完している。

No.2《街角 B-G》で、私は人間の築いた文明の中へ自然が押し込められながらも、その環境へ順応して存在しているように感じた。

No.7 では、人工的な幾何学形態と自然を思わせる曲線が、どちらか一方を排除するのではなく、同じ画面の中で共存している。

人間が作る秩序もまた、大きな自然界や宇宙の摂理の外側に存在しているわけではないのかもしれない。

そして、ここでブルーの色彩へ再び戻る。

背景のブルー、濃いブルー、白い雲、白黒の流動線、緑の立体形。

それぞれを別々に説明している間は、まだ画面を分解して見ているだけなのだと思う。

ブルーの深さがあるから、白い雲が浮かぶ。

白い雲が流れるから、時間が生まれる。

その流れによって、動かない月の存在が意識される。

白黒の線を追うことで、目には見えない音楽の余韻を感じる。

そして、緑の立体形がその流れの中に存在することで、幻想だけではなく、人間のいる現実の空間まで画面へ入ってくる。

一つとして、別々には存在していない。

それぞれが在るべき場所に置かれ、互いを補完しながら、題名《ムーンライト・セレナーデ》へ私の意識を近づけていく。

月光そのものを描くことはできない。

音楽そのものも描くことはできない。

時間も描くことはできない。

人間には認識できない空間も、そのままの姿で描くことはできない。

それでも画伯は、色彩、濃淡、曲線、直線、形態、その重なりによって、直接見ることのできないものの存在を感じさせようとしているのではないだろうか。

私は最初、題名から美しい月夜と音楽を想像した。

しかし、白い雲を追ううちに時間を感じ、濃いブルーに迷い、白黒の線から音の余韻を考え、緑の立体形によって人工的な秩序へ引き戻された。

そして最後には、それらすべてが同じ時間と空間の中に存在し、互いを補完していることを考えるようになった。

《ムーンライト・セレナーデ》。

この題名は、画面の意味を最初から説明しているのではない。

私が画面の中を時間をかけて歩き、迷い、戻り、もう一度見るための入口なのかもしれない。

そして、背景の濃いブルーが何なのかという疑問は、今も残っている。

遠い雲なのか。

人間には認識できない空間なのか。

私は、まだ答えを決めない。

その分からなさを残したまま、もう一度この画面を見たいと思う。

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No.8《スペース I》

1984 年、35×26cm。私の所蔵作品である。

題名は《スペース I》。

私はまず、画面全体に漂う静けさを感じる。

しかし、ただ静かなだけではない。

画面を見続けると、その静けさの中を、細かな波形と、それよりも緩やかな波形が走っていることに気づく。

ほぼ等間隔である。

そして、それぞれが一定の角度を保ちながら画面全体へ展開している。

一見すれば、単純な斜線の繰り返しとして通り過ぎてしまうかもしれない。

けれども私は、この線を無秩序なものとして見ることができない。

何かの法則に従っている。

そんな感じがする。

自然界を考えてみても、われわれの目には雑然として見えるものの中に、さまざまな秩序が存在している。

光。

波。

振動。

物質。

宇宙。

それぞれが、人間が決めた規則とは関係なく存在している。

私は、この画面を横切る波形を見ながら、人間が作った幾何学的な規則というよりも、人間が存在する以前からそこにあった、自然界あるいは宇宙の秩序のようなものを感じ始める。

そして、画面下部を見る。

そこにはレインボーラインがある。

画伯の作品を見続けている私にとって、レインボーラインは見過ごすことのできない存在である。

しかし、この作品のレインボーラインは、ただ一直線に画面を横切っているのではない。

細かく振幅している。

しかも、その振幅は背景を走る斜線や波形と無関係ではないように見える。

背景の流れを受け取るように、レインボーライン自身も細かく揺れている。

私はここで、光を考える。

あるいは、素粒子のようなものまで考える。

われわれは、目で見ることのできる世界を「現実」として生活している。

しかし現代科学は、人間の目では直接見ることのできないものが、この世界に数多く存在していることを明らかにしてきた。

見えない。

だから存在しない。

本当に、そう言い切ることができるのだろうか。

ここで私は、自分自身の「見る」という行為に疑問を持ち始める。

目に見えるものだけを、事実だと思ってよいのだろうか。

私の視覚が捉えることのできる世界など、この巨大な宇宙のほんの一部分にすぎないのではないか。

そう考えると、画面を走る細かな波形も、レインボーラインの振幅も、単なるデザインには見えなくなってくる。

私は、見ることのできない何かの存在を、線によって感じさせられているのかもしれない。

そして視線を下方へ移す。

黒い三角形がある。

その内部には、暖色の三角形が存在している。

そこには、細かな斜線が入っている。

しかし、その斜線は機械的に整えられた線ではない。

フリーハンドである。

しかも力強い。

ここで画面の印象が変わる。

背景に広がる波形には、人間を超えた大きな秩序を感じていた。

ところが、この三角形の内部へ入った瞬間、私はそこに人間の意志を感じる。

人間は、分からないものを分かろうとしてきた。

見ることのできないものを見ようとしてきた。

科学を生み、技術を積み上げ、文明を築いてきた。

私は、この暖色と力強い手描きの斜線に、そんな人間の情熱を重ねて見る。

暖色であることも、私には重要に思える。

冷たい知識だけではない。

そこには熱がある。

分からないものへ向かっていく人間の好奇心や、どうしても知りたいという欲求。

その情熱は、ある意味では微笑ましいほど強い。

しかし、そこで私はまた立ち止まる。

これほどの情熱によって、人間は文明を築いてきた。

では、その文明によってわれわれが知ることのできた事実は、宇宙全体のどれほどなのだろう。

人間の情熱の大きさに、われわれが知っている事実の量は、本当に追いついているのだろうか。

科学によって分かったこと。

技術によって見えるようになったもの。

それらは確かに素晴らしい。

しかし、文明が知ることのできたものを、いつの間にか「世界そのもの」だと思い込んではいないだろうか。

ここで視線は、下方の三角形から上方へ移る。

上にも三角形のように見える形態がある。

しかし、この形態は画面の中だけでは完結していない。

画面の外へはみ出している。

そして、その先には暗黒がある。

私はこの暗黒を、単なる黒色の背景として見ることができない。

まだ人間が見ることのできない世界。

まだ認識することのできない時間と空間。

そうした未知が、この暗黒の向こう側に広がっているように感じる。

上方の形態にも、下方と呼応するような銀色の斜線がある。

ところが、その線は同じではない。

暗色の領域へ入ると途切れる。

下方の力強いフリーハンドの斜線に比べると、その勢いが失われていく。

私はそこに、迷いさえ感じる。

なぜだろう。

現在の人間文明が認識できる領域では、われわれは自信を持って線を引くことができる。

「これはこうである」

「この法則によって説明できる」

そう言うことができる。

しかし、その認識の外側へ出た瞬間、同じ確信を持ち続けることができなくなる。

線が途切れる。

力を失う。

そして私は、ここで妙なことを考えた。

そもそも、これは本当に三角形なのだろうか。

私は、画面の中に見えている部分から、この形を「三角形」と呼んでいる。

三本の辺があるように見える。

だから三角形だと認識する。

しかし、形態の一部は画面の外へ出ている。

私は、その先を見ていない。

見えていないにもかかわらず、「この先も続いて、三角形を形成しているはずだ」

と、自分の頭の中で補完している。

もし、画面の外へ出た先で形が変わっていたらどうだろう。

暗黒の世界では、変形した四角形になっていたら。

あるいは、われわれの知っている幾何学では表すことのできない、まったく別の形態になっていたら。

時間と空間の条件が変われば、本当はまったく別の形なのかもしれない。

すると、疑問は作品から自分自身へ戻ってくる。

私は、見えているものをそのものの「本当の姿」だと思っている。

しかし本当は、私が生きている時間から見た姿。

私が存在している空間から見た姿。

そして、人間という生物に与えられた視覚能力によって見える姿。

その一面を見ているだけなのではないか。

見る位置が変われば。

時間が変われば。

次元が変われば。

認識する能力そのものが変われば。

同じ存在が、まったく違う形として現れる可能性もある。

そう考えると、「三角形」という言葉さえ危うくなってくる。

私は三角形を見ているのではなく、三角形としてしか認識できない自分自身を見ているのかもしれない。

ここまで来て、私はもう一度、画面全体を見る。

背景の波形。

細かな振幅。

レインボーライン。

黒い三角形。

暖色の三角形。

力強いフリーハンドの斜線。

上方へ向かう形態。

暗黒。

途切れていく銀色の線。

これらは別々に置かれた造形ではない。

背景には、人間とは無関係に存在するかもしれない大きな宇宙の秩序がある。

その中で、人間は見えないものを知ろうとし、文明を築く。

しかし、文明によって知ることのできた世界の外側には、まだ巨大な未知が存在している。

その未知へ入ろうとした瞬間、それまで確かだと思っていた線も、形も、認識も揺らぎ始める。

すべてが時間と空間の中でつながっている。

そして、私は最後にもう一つの色を見る。

上方の形態のフレームには、まだ暖色が残っている。

ここが私には大切である。

暗黒がある。

線は途切れる。

形さえ確定できない。

それでも、暖色は消えていない。

だから私は、この暗黒を絶望として受け取らない。

未知は怖い。

分からないものの前に立てば、人間は迷う。

しかし、未知であることと、絶望であることは同じではない。

現在の私たちには見ることのできないものが、未来の人間には見えるかもしれない。

現在の科学では説明できないことが、未来には当たり前の事実として理解されているかもしれない。

そして、その未来から現在のわれわれを見れば、私たちが「確かな事実」だと思っているものさえ、ほんの一部分に見えるのかもしれない。

ここで私は、もう一度題名へ戻る。

《スペース I》。

スペースとは、単なる空間なのだろうか。

画面の中の空間。

画面の外の空間。

人間が認識できる空間。

まだ認識できない空間。

そして、その空間の中を流れている時間。

私は最初、静かな画面を見ていた。

そこから波形を追い、レインボーラインの振幅に気づき、見えない光や素粒子を考えた。

下方の暖色と力強い線から人間文明の情熱を感じた。

上方の暗黒へ目を移すと、その確信が揺らいだ。

そして最後には、「私は本当に、この世界を見ているのだろうか」

という問いに戻ってきた。

答えは分からない。

けれども、この分からなさこそが、私をもう一度《スペース I》の前へ戻してくれる。

見えないものは、存在しないのではない。

私が、まだ見ることができないだけなのかもしれない。

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No.9《光と雲》

1984 年、26×35cm。

題名は《光と雲》。

私はまず、この題名を意識して画面を見る。

光と雲。

どちらも、われわれにとって身近な存在である。

光は毎日のように目にしている。

雲も空を見上げれば見ることができる。

だから題名だけを見れば、難しいものを描いた作品ではないようにも思える。

しかし、画面を見続けていると、私は「見える」ということそのものに引っかかり始める。

雲は見える。

確かにそこに存在していることを、私の目で確認することができる。

けれども、雲があることによって、その向こう側に確かに存在しているものを見ることができなくなる。

青空があるかもしれない。

太陽があるかもしれない。

さらにその彼方には、人間の視覚では捉えることのできない巨大な宇宙空間が広がっている。

しかし、目の前に雲があれば、それらは見えない。

ここで私は妙なことを考える。

見えるものが存在することによって、別の存在が見えなくなる。

見えているものだけが世界なのではない。

むしろ、何かが見えているということによって、その向こう側にあるものを私は見失っているのかもしれない。

題名にある「雲」が、単なる自然風景の雲ではなくなってくる。

そして、雲そのものを考える。

雲は、ずっと雲であり続けるものではない。

水がある。

その水が水蒸気となる。

水蒸気が上昇する。

そして雲となり、やがて雨となって再び大地へ戻ってくる。

水。

水蒸気。

雲。

雨。

姿は変わっている。

人間の目に見える時もあれば、見えない時もある。

けれども、それらは別々の存在ではない。

時間の中で姿を変えながら続いている、一つの自然界の循環である。

そう考えると、「雲」という一つの形だけを切り取って見ていること自体が、人間の都合なのかもしれない。

私は「今、雲として見えている姿」に名前を付けている。

しかし自然界から見れば、それは長い循環の中の一瞬にすぎない。

ここで画面全体の色彩へ目が戻る。

下方は明るい薄紫色である。

そこから上方へ視線を移していくと、紫色は次第に濃くなっていく。

美しいグラデーションである。

けれども、私はこれを単なる背景の色彩として通り過ぎることができない。

なぜ下が明るく、上へ向かうほど暗くなるのだろう。

私はそこに、時間を感じる。

下方の明るい薄紫を、いま私が存在している「現在」だと考えてみる。

そこから上方へ進むにつれて色彩は濃くなり、次第に見通すことのできない領域へ入っていく。

それは、まだ見ることのできない未来のようにも感じられる。

現在は、今ここにいるから認識できる。

しかし未来は分からない。

時間が進むまで、見ることはできない。

だとすれば、この薄紫から濃い紫へ移っていくグラデーションは、明るい現在から、まだ見通すことのできない未来へ向かって進んでいく時間を示しているのだろうか。

もちろん、色が濃いから未来だと決まっているわけではない。

反対方向から見れば、時間の読み方も変わるかもしれない。

それでも今の私には、この色彩の変化が静止した背景ではなく、時間を持った空間として感じられる。

その空間を、レインボーカラーの光が走っている。

しかし、ここでも私は立ち止まる。

普通、「光線」と聞けば、私は直線を想像する。

ところが、この作品の光は違う。

緩やかに波打っている。

柔らかく振幅しながら画面を進んでいる。

その線を目で追っていると、不思議なことに、私は無機質な光を見ているというより、何かが呼吸しているような感覚を覚える。

光なのに、生命の息遣いのようにも感じる。

画伯はなぜ、光を直線として描かなかったのだろう。

光の物理的な性質を示そうとしたのか。

それとも、画面全体に時間と運動を与えるためなのか。

あるいは私が、波打つ線を見て勝手に生命を感じているだけなのか。

分からない。

しかし、その分からなさのまま線を追っていくと、さらに気になることがある。

光は一本ではない。

何本ものレインボーカラーの光が、それぞれ緩やかに波打ちながら画面の中を進んでいる。

なぜ一本ではないのだろう。

しかも、なぜ直進せず、それぞれが振幅しているのだろう。

すべての線が同じように続いているわけでもない。

左右を横断していく線がある。

その一方で、途中で途切れている線がある。

なぜだろう。

なぜ、ここで切れるのだろう。

単なる構成上の処理なのだろうか。

私は、この「途切れ」をどうしても無視できない。

見続けているうちに、そこに瞬間というものを感じ始める。

われわれは時間を連続したものとして生きている。

昨日から今日へ。

今日から明日へ。

一秒の次には、また一秒が来る。

時間は切れ目なく流れていると思っている。

しかし、この線の途切れを見ると、連続していると思っている時間の中から、一瞬だけ切り取られた場所があるように感じる。

本当に時間は、私たちが感じているように連続しているのだろうか。

ここで私は、画面の雲へ戻る。

雲のような形態は、横へたなびいているというより、下方から上方へ立ち上がっているように見える。

これも不思議である。

私は普段、空に浮かぶ雲を横方向の広がりとして見ることが多い。

風に流され、横へ移動していく。

では、なぜこの作品では下から上へ向かっているのだろう。

先ほど考えた水の循環へ戻ってみる。

雲が雲になる以前。

水は海や川、大地などから蒸発する。

水蒸気となり、まだ雲として人間の目に見えない状態で上へ昇っていく。

だとすれば画伯は、完成した雲の姿だけではなく、水が雲へ変わっていく時間まで一枚の画面に置こうとしたのだろうか。

そう考えると、下から上へ立ち上がる形にも意味が生まれる。

しかし、私はそこで納得しかけて、もう一度止まる。

本当に、それだけなのだろうか。

水蒸気が上昇して雲になる。

確かに、それなら説明できる。

けれども、見続けていると、この雲状の形態が、だんだん別のものに見えてくる。

雲ではなく、空間の裂け目。

あるいは、空間に開いた穴。

そんなもののようにも見えてくる。

もちろん、人間には「時空の裂け目」などを直接見ることはできない。

私自身、それがどのような姿をしているのか知らない。

だから、これは私の想像である。

画伯がそのようなものを描いたと断定することもできない。

けれども私は、この形を見ながら考えてしまう。

もし、人間には知ることのできない時空の裂け目のようなものが存在するとしたら、それを絵画の中でどう表現すればよいのだろう。

直接描くことのできないものを描くために、水、水蒸気、雲、雨という、姿を変えながら存在し続ける自然界のものを借りたのではないだろうか。

見えるものと見えないものの境界を行き来する水だからこそ、直接見ることのできない時空を示すことができるのではないか。

そう考えた瞬間、最初に見ていた「雲」の意味がまた変わる。

最初は、雲があるから、その向こう側を見ることができないと考えた。

次には、雲そのものが水の循環の途中の姿だと考えた。

そして今度は、その雲のような形態を通して、人間には見ることのできない空間そのものを考えている。

一つのモチーフを見ているのに、見る時間が長くなるほど意味が変わっていく。

そしてここで、何本もの波打つ光へ、もう一度視線が戻る。

もし時間が、人間が日常で認識している一方向の時間だけではないとしたらどうだろう。

われわれは、過去から現在、現在から未来へと、一本の時間の流れの中を生きているように感じている。

しかし、それは人間が認識できる時間の姿にすぎないのではないか。

画面を走る光は一本ではない。

何本も存在している。

しかも、それぞれが直進せず、波打っている。

その複数の光と、空間に開いた裂け目のように見える雲状の形態を同時に見ていると、私は、時間もまた一つではないのではないか、と考えてしまう。

人間が認識している時間とは異なる時間。

われわれには直接認識することのできない、多次元に存在する時間。

そのようなものが存在する可能性を、この複数の波打つ光は示唆しているのではないだろうか。

もちろん、私は多次元の時間を見ることなどできない。

それがどのようなものなのかも分からない。

だから、「画伯は多次元の時間を描いた」と断定することはできない。

しかし、この画面では、直進しない光、何本も存在する光、途中で途切れる光、そして時空の裂け目のように見える雲状の形態が、別々に存在しているとは思えなくなってくる。

互いが互いを補完している。

光の複数性を見たから、時間の複数性を考える。

光の途切れを見たから、連続していると思っていた時間を疑う。

時空の裂け目を感じたから、その向こう側には、われわれが認識しているものとは異なる時間と空間が存在するのではないかと考える。

一本ではなく、複数であること。

直線ではなく、波打っていること。

連続せず、途切れていること。

そして、その近くに時空の裂け目を思わせる形態が存在していること。

一つとして無駄なのではなく、それぞれが互いを補完することで、私は初めて「多次元に存在する時間」という可能性まで考えるようになった。

ここで、もう一度画面全体を見る。

薄紫から濃い紫へ変化する色彩。

緩やかに波打つ何本ものレインボーカラーの光。

途中で途切れる線。

下から上へ立ち上がる雲状の形態。

それらは、別々に配置されたデザインではないように思えてくる。

色彩の変化によって、私は現在から未来への時間を考えた。

波打つ光から、運動と生命の息遣いを感じた。

複数の光から、人間が認識する一つの時間だけではない可能性を考えた。

線の途切れから、「瞬間」というものを考えた。

上昇する雲から、水の循環を考えた。

そして、その雲を見続けることで、時空の裂け目まで想像した。

一つが次のものに気づかせる。

そして次のものに気づいたことで、最初に見たものの意味も変わっていく。

画伯の作品に繰り返し感じてきた補完とは、こういうことなのかもしれない。

色彩だけで意味が完結するのではない。

光だけでもない。

雲だけでもない。

線だけでもない。

それぞれが互いを補いながら、一枚の静止した画面の中に、時間の経過と空間の広がりを生み出している。

私はここで、No.6《宙》、No.7《ムーンライト・セレナーデ》、No.8《スペース I》 で考えてきたことにも戻ってしまう。

人間が見ることのできる世界。

見ることのできない世界。

現在。

未来。

認識できる空間。

認識できない空間。

それらは分断されているのではなく、同じ時間の延長上でつながっているのではないか。

そして、最後にまた、途切れた光へ目が戻る。

光は穏やかで美しい。

しかし雲状の形態には、どこか緊張がある。

美しいから安心できる、という作品ではない。

むしろ、その美しさの中に小さな違和感が置かれているから、私は立ち止まる。

なぜ光は途切れるのか。

なぜ光は一本ではないのか。

なぜ光は直進せず波打つのか。

なぜ雲は上へ立ち上がるのか。

なぜ色彩は暗い領域へ向かうのか。

そして、われわれが連続していると思っている時間と空間は、本当に連続しているのだろうか。

私は答えを持っていない。

時空の裂け目という考えも、多次元に存在する時間という考えも、私の想像にすぎない。

しかし、答えが出ないからこそ、また画面へ戻る。

《光と雲》。

最初には身近に思えた二つの言葉が、見続けた後には、私が生きている時間と空間そのものを問い直す言葉へ変わっている。

私は今も、その問いの途中にいる。

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No.4《空(Information)》

1982 年 87×57cm

最初に目へ入るのは、赤紫色の広がりと、その中に集積する小さな四角形である。

四角形を見ていると、人間が作る秩序を思う。直線で囲み、同じ単位に分け、並べ、分類する。情報を記録し、整理し、管理する時、人間は理解しやすい形へ世界を区切っていく。

しかし、画面の四角形は整然と並び続けてはいない。欠け、崩れ、集積から離れ、別の空間へ散っていく。

しかも、色彩にも違いがある。緑の小さな形と赤い形を見ているうちに、私は緑を安全に働く情報、赤を危険、あるいは機能しなくなった情報のように感じ始めた。これは私自身の連想であり、画伯の意図として断定することはできない。しかし、一つの赤が集積から外へ向かうように見えた時、色の違いと形の移動が結びつき、情報が選別され、放出されていく時間まで感じた。

ところが、四角形だけを見ていては、この作品は終わらない。

その内部や隙間には、人工的な直線だけでは説明できない揺らぎがある。さらに上部には、有機的なしなやかな曲線がある。直線で囲まれた人工的な四角形とは、明らかに性質が違う。

私はここで、人間が作った秩序と、自然界に存在する秩序の違いを考え始めた。

自然は、一見すれば不規則である。雲、水、風、植物、生命。人間が引く直線のようには動かない。しかし、本当に無秩序なのだろうか。

人間がまだ理解し切れていないだけで、そこには宇宙が生まれて以来働き続けている別の法則、別の摂理があるのではないか。

そう考えると、四角形と有機的な形態を「人工」と「自然」として別々に分類することもできなくなってくる。人工的な秩序の中にはすでに揺らぎが入り、そこから何かが崩れ、外へ放たれ、別の形へ移っていく。

ここで題名の Information が生きてくる。

情報は固定された記号ではない。人から人へ渡る。蓄積される。選別される。欠ける。誤る。崩れる。放出される。そして別の場所で別の意味を持つ。

そのすべてに時間がある。

人間は情報を分類し、人工的な秩序の中へ収めようとする。しかし、時間の中で情報は変化し、その秩序から逸脱する。人間が作った文明そのものも、宇宙的な時間と摂理の外側に独立して存在しているわけではないのではないか。

そして《空》という言葉へ戻る。

情報がまだ形になる前の空間なのか。情報が崩れた後に戻っていく空間なのか。

あるいは、人間が作った秩序の外側に広がる、人間にはまだ完全に認識できない世界なのか。

私は答えを決めることができない。

最初に見た時には「小さな四角形の集まり」だったものが、色彩を見、崩れを見、有機的な曲線を見、その間を視線が移動するうちに、人間の文明と自然界・宇宙の摂理が、時間の中で接触し、変化し続ける画面へ変わっていった。

人間が作った秩序は完全なのだろうか。

そして、その秩序から外れることは、本当に崩壊だけを意味するのだろうか。

閉じた場所から外へ出たものが、別の空間で新しい関係を持ち、成長する可能性もある。私はそこに、情報文明の脆さへの警告だけではなく、その先に残された希望も感じている。

No.5《女》

1984 年 35×26cm

題名は《女》。

だから私は、最初、画面の中に女性の姿を探そうとした。

背景は青緑から黒へ移っている。その深い色彩の中に、白い、しなやかな有機的形態が浮かんでいる。

私はその白い形を追った。髪なのか。身体の輪郭なのか。腕なのか。それとも、人が動いた後に残る軌跡なのか。人体のどの部分なのかを決めようとすると、形はかえって逃げていく。

そこで、一つ一つを身体の部位へ当てはめることをやめ、白い形態全体の流れを見ることにした。

すると、縦方向のほぼ中央で、そのしなやかな流れが二つに分かれていることが気になった。

何だろう。

見続けているうちに、私にはそれが、一人の女性だけには見えなくなった。

母ではないか。

そして、その母に抱き上げられた乳飲み子ではないか。

そう思った瞬間、それまで抽象的な白い形として見ていたものが、私の中で急に体温を持った。

もちろん、画面には母の顔も、乳飲み子の顔も、具象的には描かれていない。だからこれは私の解釈である。それでも、二つに分かれながら一つの流れとしてつながっている白い形態を見ていると、一つの生命と、そこから次へ受け渡される生命が重なって見えてしまう。

背景の青緑から黒への色彩も、単なる背景ではなくなる。深い空間の中から白い母子の形態が現れ、またその一部が暗がりへ溶けていく。見える。見えなくなる。また見えてくる。その時間の中で、母と子の存在が少しずつ立ち上がる。

そう考えると、全面を満たす美しい緑と、そこに浮かぶ白い母子の形態は分離していない。緑の大きな自然の秩序に包まれながら、人の命が次の命へつながっていく。

画伯は、そのことを示唆しているのかもしれない。

母から子へ命が渡される。その営みも、人間だけに閉じた出来事ではなく、自然界の大きな循環の中で繰り返されてきた生命の継承なのかもしれない。

私は、この緑を見ていると、もっと大きな自然の存在を感じる。人間が生まれる以前からあり、人間の意思とは関係なく働き続けている自然界の秩序、あるいは宇宙的な摂理。その大きな営みの中に、母と乳飲み子という小さな人の命が置かれているように思えてくる。

画面を満たしている美しい緑色は、単に白い形態を浮かび上がらせるための背景なのだろうか。

そして、ここで改めて背景の色彩を見る。

母は、乳飲み子を抱く。

その子は、母から生命を受け取っている。

生命はそこで完結しない。母から子へ渡され、子が成長し、やがて次の時間へつながっていく。

この作品を見ながら、私は女性という存在を、単に画伯が繰り返し描いた人物モチーフとしてだけ見ることができなくなった。女性は生命を宿す母体であり、新しい生命をこの世界へ送り出し、次の世代へ生命を継承する存在でもある。

そして、この感覚は No.5 だけで終わらない。

この先、No.65 まで作品を見ていく中で、女性は幾度も現れる。そのたびに私は、形や色彩の違いを見ながらも、どこかでこの《女》の母と乳飲み子へ戻ってくることになる。後の作品を見たことで No.5 の意味が深まり、No.5 の記憶が後の女性像の見え方を変える。作品と作品もまた、時間によってつながっていく。

私は以前に見た、母と子を描いた画伯の油彩作品の記憶も重ねてしまう。具象的に描かれた母子の記憶と、ここで極度に抽象化された白い形態が、私の中で一つにつながる。

さらに、画集のあとがきに残された、画伯が初めて絵の具を買い与えてくれた母への思いを知ると、私の中で「母」という存在は、生命を与えた存在であるだけでなく、画伯が絵を描くという未来へ向かう最初の扉を開いた存在としても重なってくる。

母から生命を受け取る。

母から絵の具を与えられる。

その子が画家となり、作品を生み出す。

そして作品が、画伯の死後も残り、次の世代の人間へ渡っていく。

そう考えた時、私は単に一枚の《女》を見ているのではなく、生命と創造が受け渡されていく長い時間を見ているような気持ちになった。

白いしなやかな形態の中央で二つに分かれた、ほんの小さな造形上の変化から、ここまで考えが広がった。

私は評論家ではない。画伯が本当に母と乳飲み子を描いたのだ、と断定することもできない。

しかし、私はそう見た。

そして、そう見えた時に生まれた心の動きを消したくない。

母と、抱き上げられた乳飲み子。

命の母体と、継承される生命。

後に幾度も現れる女性像を見ていくための一つの原点が、私にはこの《女》の中にあるように思えている。

No.6《宙》

1984年、72.5×49.5cm。

白黒の渦巻く円環を見ると、私は巨大な宇宙を連想する。一方、下方には山のような形と滴があり、その滴を見ると水滴を思う。巨大な宇宙と、ごく小さな水滴。最初はあまりに尺度が違うものが同じ画面に置かれているように感じる。

しかし、見続けていると、その二つを別々のものとして扱えなくなってくる。水滴一つも地球を構成する物質であり、その地球も宇宙の一部である。水は蒸発し、水蒸気となり、雲となり、雨となり、川を流れ、海へ戻る。形は変わるが、消えてしまうわけではない。

では、大きいものと小さいものを分けているのは何なのだろう。人間の身体の大きさを基準にして、宇宙は巨大、水滴は微小と判断しているだけなのではないか。

円環と滴を見比べているうちに、宇宙の運動と水の循環が、まったく別の話には思えなくなってくる。どちらも変化し、移動し、形を変えながら存在し続ける。

そして、その循環の中には人間もいる。人間だけが宇宙や自然の外側から眺めているわけではない。自分の身体を構成する物質も、同じ世界の中を循環している。

《宙》という題名から、私は最初、遥か遠い宇宙を見ようとした。しかし水滴へ視線を落とすことで、その宇宙が急に自分の足元や身体へつながってきた。巨大なものを理解する入口が、こんな小さな滴の中にもあるのではないかと思えてくる。


次回更新予定

2026年10月23日(金)
No.19〜21へ続きます。
毎週金曜日更新

作品名をタップすると、全文が開きます。もう一度タップすると閉じます。

No.1《時間と重力》

1982年 87×57cm

最初にこの作品を見た時、私は「難しい作品だ」と思った。しかも、これが画集の一番最初に置かれている。なぜ、この作品から始まるのだろう。その疑問が、まず私を画面へ引き戻した。

黒い背景の中に、幾重にも四角形が重なっている。板なのか。道路なのか。それとも、空間そのものなのか。淡い色から深い色へ移るグラデーションを目で追っていくと、形態は途中で左右九十度に方向を変えたように見える。平面であるはずの画面が折れ、回転し、さらに奥へ続いていくようである。

ここで色彩は、形を塗り分けるためだけに使われているのではないように思えてくる。色の濃淡を追う私の視線そのものが移動し、その移動によって方向と奥行きが生まれる。つまり、色彩を見ている時間が、形態の中へ時間を持ち込んでいる。

二つの球体を見る。そこで私は、影が気になった。それぞれに二つの影があるように見える。普通なら光源が二つあるのだろうか、と考える。しかし見続けているうちに、一つは影ではなく、ほんの少し前まで球体が存在していた場所なのではないか、と思い始めた。

もしそうなら、私は一枚の静止した画面の中で、現在の球体と、その直前の球体を同時に見ていることになる。球体が移動している間も重力は働き続ける。二つの位置の間隔がほぼ一定に見えることにも、時間の刻みのような意味があるのだろうか。

ここで題名が急に近づいてきた。《時間と重力》。最初は難解な題名だったものが、球体の移動を考えた瞬間、画面の中で起きていることとして感じられるようになった。

すると、今度は球体が存在している「場所」そのものが疑わしくなる。この板のようなものは本当に平面なのだろうか。われわれが平面だと思っているものが、別の位置、別の次元から見れば歪んでいることはないのだろうか。

重なる四角形の一部は黒の中へ隠れている。見えない。しかし、見えないから存在しないとは言えない。私は見えない続きを頭の中で補っている。そのことに気づくと、作品を見ているはずの私自身の認識が問い返される。

奥へ進むほど色彩は深まり、やがて黒へ溶け込んでいく。最初、その黒には未知への不安を感じた。しかし、四角形の回転と色彩の変化を追い続けると、黒は終点ではなく、その先にもまだ何かが存在する宇宙の淵のように感じられてくる。

私は重なる四角形からピラミッドも連想した。後年、画伯自身から、アトリエの外観を「ピラミッドと宇宙」を意識して設計したと聞いた記憶がある。1982年のこの作品と1989年に落成したアトリエを直接結びつけることはできない。それでも、作品を見ている現在の私の中では、時間を隔てた二つの記憶が重なってしまう。

色彩、四角形、球体、影、黒い空間。それぞれを別々に説明しても、この作品には近づけないのだと思う。私が画面の中を移動する時間の中で、それらが互いを補い、見えるものの背後にある時間、重力、空間、そして人間にはまだ認識できない宇宙の摂理へと意識を運んでいく。

最初に抱いた「なぜ、この作品が画集の最初なのだろう」という疑問は、まだ消えてはいない。ただ、この作品が最初に私へ突きつけているのは、答えではなく、「あなたは見えているものだけを世界のすべてだと思っていないか」という問いなのではないか。今は、そう感じている。

No.2《街角 B-G》

1983年 87×57cm 慧真所蔵

題名は《街角 B-G》。私は最初、街角という言葉から、建物や道路、人の生活する場所を探そうとした。しかし、画面には日常の街角をそのまま説明するような具象はない。

まず強く感じるのは、人間が作ったような硬い形態である。直線で区切られ、折れ、組み合わされ、空間を占有している。その人工的な形態の中で、黒は重く、閉ざすように存在する。私はそこに、都市や建築物、人間が築いた文明の強さを感じた。

しかし、その中に緑がある。

この緑を単なる配色として見てしまうと、この作品は急にデザインの説明になってしまう。私には、この緑が自然の存在を思わせる。人工的な直線と量塊によって囲われ、押し込められているように見える自然である。

最初は、文明によって自然が圧迫されている、と感じた。

けれども、見続けていると、それだけではないことに気づく。緑は消えていない。人工的な形態の中へ入り込み、その条件の中で形を変えながら、なお存在している。押し込められているのに、死んでいない。むしろ、その環境へ順応して生き続けているように見えてくる。

ここで私の見方が変わった。

自然と文明を、単純に敵対する二つのものとして見るだけでは足りないのではないか。人間は文明を築き、自然を区切り、道路を通し、建築物を建てる。しかし自然は、その人工的な環境の中でも芽を出し、形を変え、時間をかけて順応する。

黒と緑の関係も、そこで初めて単なる色彩対比ではなくなる。黒が人工文明の強さや閉鎖性を感じさせるからこそ、その中に残る緑の生命が意識される。緑が存在するからこそ、逆に人工的な黒の形態がより強く見えてくる。色彩と形態が互いを補完して、自然と文明の関係を私に気づかせる。

さらに細い線や小さな色面へ視線を移すと、画面は静止していない。視線は遮られ、方向を変え、また別の場所へ導かれる。街角もまた、角を曲がるまでその先を見ることができない場所である。今見えている場所のすぐ隣に、まだ見えていない場所が存在する。

題名の B-G を見て、私は Black と Green を意識する。しかし、これを画伯の意図として断定することはできない。ただ、私の鑑賞の中では、黒と緑の色彩が、人間の築いた文明と、その中でなお生き続ける自然を考える入口になったことは確かである。

そして、そこには時間がある。文明が自然を囲い込む時間。自然がその環境へ順応する時間。人間の都市が変化する時間。そのさらに外側には、人間が文明を築く以前から存在し、人間の都合とは無関係に働き続けてきた自然界、宇宙の摂理がある。

私は最初、抽象化された街角のデザインを見ているつもりだった。しかし見続けるうちに、人間が作った秩序の中で、自然がどのように存在し続けるのかを見ていた。

自然は文明に押し込められている。しかし、そこに順応し、なお存在している。

この小さな気づきが、私にとって《街角 B-G》の主題へ近づく大切な入口になった。

No.3《青のスペース》

1983年 38×56.5cm 慧真所蔵

最初に目へ入るのは青である。

しかし、この青を「背景」と呼んでしまうと、何か大切なものを失う気がした。

青は形態の後ろに置かれた色ではなく、画面全体を満たし、その中に大小の形態を存在させている。その青の中に、大小の三角形がある。白い線がある。赤い線がある。立体のように見える形もある。

青だけを見ている時には、深く静かな空間を感じる。そこへ白が入ると、青の中に光や境界のようなものが生まれる。さらに赤が入ると、静かな青の中へ強い刺激が入り、私の視線は一瞬そこへ引き寄せられる。

色は別々に置かれているのではない。青があるから白が浮かび、白があるから青の深さが変わる。赤が入ることで、静けさの中に方向と動きが生まれる。色彩同士が補完し合うことで、平面には存在しないはずの距離が現れてくる。

私は最初、三角形や立体的な形そのものを見ようとしていた。しかし、色彩と大小の形を追っているうちに、形よりも、形と形の「間」が気になり始めた。

平面上では僅かな距離でしかない。それなのに、青の深さ、白と赤の強さ、形態の大小によって、その僅かな間が途方もない距離へ変わる。近くにあるように見えた形が、次の瞬間には遠くへ退く。こちらへ向かってくるように感じたものが、青の奥へ抜けていくようにも見える。

静止した画面なのに、私が見る時間の中で遠近が変化する。

そこで題名へ戻る。《青のスペース》。

青は、空間を塗った色なのだろうか。それとも、この青があるからこそ、空間が生まれているのだろうか。

私は、物体を見ているつもりだった。しかし、いつの間にか「何もない」と思っていた場所を見ている。

物と物の間は、本当に空白なのだろうか。そこには距離があり、方向があり、光があり、私の視線が移動する時間がある。そして、人間には見えない何かが存在している可能性もある。

No.1で私は、見えている空間そのものを疑い始めた。No.2では、人工文明の中で自然が存在し続ける時間を感じた。そしてNo.3では、「何もない」と思っていた空間そのものが、実は形態を存在させる大きな場なのではないかと感じ始める。

青を背景として見ていた最初の私の認識が、少しずつ反転した。

青は背景ではない。

少なくとも今の私には、形態と形態の間をつなぎ、距離と時間を生み、私たちがまだ認識できない広がりまで想像させる、空間そのものに見えている。

講談社版画集 65作品一覧・連続閲覧

No.1 ~ No.65

画集掲載順に、公開された作品から順次読むことができるようにします。

No.1《時間と重力》 No.2《街角 B-G》 No.3《青のスペース》 No.4《空(Information)》 No.5《女》 No.6《宙》 No.7《ムーンライト・セレナーデ》 No.8《スペース I》 No.9《光と雲》 No.10《Geometric Insist》 No.11《イメージⅠ》 No.12《ピエロ》 No.13《炎》 No.14《時代差》 No.15《赤のイメージ》 No.16《色彩のプロムナード》 No.17《静物(サクランボ)》 No.18《亜由美》 No.19 No.20 No.21 No.22 No.23 No.24 No.25 No.26 No.27 No.28 No.29 No.30 No.31 No.32 No.33 No.34 No.35 No.36 No.37 No.38 No.39 No.40 No.41 No.42 No.43 No.44 No.45 No.46 No.47 No.48 No.49 No.50 No.51 No.52 No.53 No.54 No.55 No.56 No.57 No.58 No.59 No.60 No.61 No.62 No.63 No.64 No.65


あなたの解釈を、お聞かせください。

解釈がちがうことは、当然です。それが人の個性です。

人はそれぞれの時間と空間で、知識を得て、体験を重ねて行きます。作品を鑑賞する時には、その人の全てが、解釈に結びつきます。

慧真は作品は、鏡だと考えています。

作品を鑑賞することは、自分自身を映しだし、現在の自分自身を知ることだと考えています。

どうぞ、あなたの解釈をお聞かせください。

そして、作品の解釈を通じて、議論できることが、かなうなら幸せです。

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